2014年9月29日月曜日

東北ボランティア2014夏 13日目


文責:宮崎大学 みさき

今日は宮城を離れて再び福島へ。
福島市の「カーロふくしま」で小学生と高校生のお子さんを持つお母さんのお話を伺いました。
そのお母さんは子どもを守りたい一心で疎開させたり、家族で県外へ移住した経験があるそうです。
今でも、福島産の野菜をひかえたり、できるだけ外での活動をさせないなど放射線に対してとても気をつけて生活を送っているようですが、ここまで気を付けている人は少数派であるらしく、そのギャップに苦しむことも多々あるようです。原発さえなければこんなにもストレスを抱えずに済むのに、、、という思いでいっぱいになりました。

午後はぶんかささや幼稚園に行き、貝殻のプレゼントを渡しました。この貝殻は8月に宮崎の浜辺で拾い集めたものです。その時の様子

子どもたちに貝殻を見せると、年長さんたちは「貝がらだ~!!」と喜んでくれました。

小さい子たちの中には生まれて初めて貝殻を見る子もいたようで、興味深げに眺めていました。
みんなに貝殻を渡すと、貝殻の外側どうしをこすり合わせて遊んでいました。


最後には大きな大きなお手紙と、手作りのお花をもらいました。みんなありがとう。






文責:宮崎大学 せいじ

今日は、早朝から石巻を出発し福島へ向かったのですが、昨日からの大雨で主要な道路が浸水し大変なことになっていました。後からニュースを見てみると、この日石巻では観測史上最大の記録的豪雨だったらしく、つくづくアースウォーカーズはハプニングを呼び寄せる何かを持っているんじゃないかと思わされます。()


福島に入ると、女性や子供たちの交流の場として様々なプログラムを実施している、『カーロふくしま』へ行き、一人のお母さんのお話を聞いてきました。


印象に残っているのは、最初に国が正しい情報を流してくれなかったために、高い放射線量の中、普通に外で遊ばせてしまったり、食べ物の線量の基準を国際基準の20bq/kgから震災後に日本だけ100bq/kgにまで引き上げたために、99bq/kgの線量では不検出扱いになり、また不検出の結果に安心して自分たちで測ってみたら100bq/kgをはるかに超える線量だったりと、積み重なった国に対する不信感です。
それにより安全だとは言われても、放射能の心配のない県外の宅配の野菜や水を購入している家庭もあります。

お話を聞きながら、仮設住宅でお聞きした安心と安全は違うという話を思い出しました。
実際のところ、国がなんと言おうが、空気や水や食べ物が、『安全』かどうかは自分たちには分からない。それは裏切られてしまったために信用できなくなってしまったから。
だからせめて、自分たちが『安心』できるように努めていきたい、といったものでした。

このお母さんにしてもそうでした。
自分なりに納得できる限りの事をして、その結果病気になったなら仕方ないと思える、とおっしゃっていました。何もしないまま病気になっていくのは嫌だと。

また、子どもが大きくなって、もし病気になってしまった時に、『どうして逃げてくれなかったの?』と責められるのが怖くて、移住をしたというお話も伺いました。

体育の水泳の授業にも参加させていなかったり、運動場での放射線量を調べてもらうなど、子どもへの放射能の影響を最大限に心配されていました。


しかし最近では、福島を元気にしようという風潮から、震災直後のように声を上げにくくなっている現状を気にしていました。保護者会の中でもそれほど放射能の影響を気にしなくなったお母さん達が多く、家庭内でも夫との意見の違いで肩身が狭くなるなど、人間関係への影響は多くあります。
子どもの健康を心配する純粋な愛情が、子どもの行動に制限をかけてしまうのも事実だと思います。


いずれにしろ、私が一番不安なのは放射能どころではなく、子どもへの放射能の影響を心配をしすぎるお母さん自身です。震災から約3年と半年、ストレスにより心と身体が壊れつつあるような、少しずつ限界が来ているような、そんな印象を受けました。
子どもの保養だけでなく、お母さん達の心のケアというものも、東北支援をしていく上で必要不可欠なのだと、強く思うきっかけとなりました。









少々、加筆します。

何度、福島に足を運んでも衝撃と涙と苦しみに触れます。
この日は宮崎の海岸で拾った貝殻を福島に届けようという貝殻プロジェクト。

ご存知のように、福島の海には今も放射能が混じった汚染水が海に垂れ流されている。
オリンピック招致スピーチで安倍首相は、海に流している汚染水の放射能は、コントロール下にあるので問題ないという発言をしていました。

本当に出来ているかどうははさておき、そんな現状に福島では海に遊びに行ける子どもたちが激減しています。
そこで、宮崎から貝殻を拾って届けようと2011年から企画して今年も届けることが出来ました。

園長先生らから、福島の保育園の現状を聞き、放射性物質の影響で不安に思う保護者と気にしていない保護者がいる中、いろいろな支援を受けながら、ここまでやってきた事などを話して頂きました。

子どもたちに届けた貝殻は大きいのから小さいのまでたくさんあり、子どもたちみんなにプレゼント。

その保育園で米沢プロジェクトに参加していた女の子が通っていて、偶然の再会がありました。
私は、ご存知の通り記憶力があまりないのと、米沢プロジェクトでは全体を見とかないと行けないので、あまり子ども一人ひとりと遊べていないものあり、覚えていなかったのですが、一緒に行った宮崎大学のセイジが覚えてて「先週、米沢で一緒に遊んだよね〜」と随分盛り上がりました。

そんな貝殻の交流のあと、保育園の中を歩いていると、隣の部屋に砂場がありました。
屋外の砂場には原発事故の影響で放射能が降ったため、砂場は屋内に作り直したそうです。

その砂場を見ながら、原発事故が起きてからの、母親たちの苦しみ。子どもたちの制限された状況。そのニーズに応える保育士たちの葛藤。
この3年半の苦しみを想像しただけでも、胸がしめつけられました。

そんな保育園の除染も進み、「放射線量が随分下がったので、新しい砂を提供してもらい、屋外の砂場を近々再会できそうです」と笑顔で語っていただいた保育士さんのこれまでの苦しみは、計り知れないです。

みなさん、ぜひ、福島の子どもたちの現状とその周りで子どもたちを守ろうと今も必死で取組んでいる方々がいる事を忘れないで欲しい。

よりよい、日本社会を想像しながら、ひとつずつ諸問題を解決して行きたいですね。


アースウォーカーズ
代表理事:小玉直也

0 件のコメント:

コメントを投稿